学びの真似び(まねび) 「学び続ける人」になるために(教育と受験と勉強法)

学習の仕方に困ったことはありませんか?ここでは、「真似び=学び」という形で、さまざまな学習方法へのアドバイスをしていきます。学習の仕方に悩んだら、受験勉強で行き詰まったら、ぜひ訪れてみてください。効果的な学習方法を知って、学び続ける人を目指しましょう!

もう一度「9月入学」の話。すべてを「遅らせる」提案であって、遅れを取り戻す話ではないこと。

ようやく、緊急事態宣言の解除が見えて、これから「9月入学」の話がまたぶりかえしてくるのでしょう。あまり長くこれをやっていても仕方ないのですが、休校が終わる以上、9月入学の問題をポイントを変えて書いておきます。

ここまでも9月入学の話は何度か書いてきました。

賛成にせよ、反対にせよ、さまざまな問題があることは間違いありませんが、いくつかの問題点、特に、「遅れ」の問題については書いておかないわけにはいきません。

というわけで、9月入学の話です。

 

9月入学は「遅れ」であること。卒業の遅れと、休校中の遅れ。

今回、一番違和感を感じているのは「遅れ」の解消として、この施策が語られていることです。

大きく、9月入学を推す理由は、一つは、9月入学がグローバルスタンダードであり、この機会に導入すべきというようなものと、もう一つは、このコロナ禍によって遅れた教育の休止をなんとか回復しようという、そういう二つの観点によっているものと理解します。

一つ目に対しては、本来、今やる議論ではありません。この観点でいえば、私は実は賛成派ですが、どうして今までできなかったかといえば、導入に向けては様々な慎重な意見がある上、圧倒的にどうやって導入していくのか、という問いに対して明確な答えがなかったからです。

このことについては、今回は問題でもあるし、ある意味で千載一遇のチャンスともいえます。チャンスというのは、自動的に休校になって、9月からスタートするような雰囲気になったからです。普段のときだったら、わざわざこんなことするわけがないし。でも、それが本当は問題でもあります。

なぜかというと、それは「遅れ」に他ならないからです。

今回、9月入学はどうやって実現されるのか?

それはすべてを遅らせるということです。小学校の入学から大学の卒業まで、すべてを遅らせる。

本来、9月入学にしても、「早める」という選択肢もあったはずで、これを全部遅らせるというのが、今回の一番の問題です。

「遅れ」を取り戻す、といっていますが、そうではありません。終わらないから遅らせるんですね。取り戻すというのは、正規の時間におさめることをいうので、だから、まず、今回は「みんな一斉に遅れよう」という議論をしているんです。

休校だったかもしれないけど、終わりまであと1年あることになったんで、遅れてませんよ。

ということ。

だから、たとえば休校中授業が進んだ人も、受験勉強した人も、みんな一斉に9月まで待ってね、という議論です。それこそ、入社も遅れるし、定年が変わらなければ、みんなで半年浪人したみたいなもんで、収入にも影響があるはずです。

そして、ずっと書いてきたことではありますが、だからといって、9月まで何もしなくていいのか、ということ。もちろん、9月入学が決まれば、もしかしたら、夏休みもとっていいかもしれないし、来年の4月から8月の間で遅れた分を授業すればいいのかもしれませんが、たとえば高3生イメージしてもらえばわかりますけど、じゃあ8月まで遊んでて大丈夫かっていうのは別の話。

つまり、一番遅れている人がしっかり学習の時間をとるためには、一斉に遅らせるということが悪だとはいえないけれど、その間、みんなが何もしないわけではないということ。受験生であるなら、意味がわかるのではないでしょうか。

入試を遅らせるから、授業がなくなっても大丈夫だよ、という人がいたらどう感じるでしょうか。これは実は、2年生であろうが、1年生であろうが同じはずです。実際、小学生から高校生まで、塾であったり、親であったり、どのような仕掛けがあるかで学習状況が変わってしまっているはずです。

私自身が一番、問題視するのは、一番遅れて、何もしてもらっていない人のために、全体を遅らせる必要があるとしても、まずその前に、その一番遅れている人に何をするのか、ということを考える必要があるということ。

もしかしたら、また、秋冬には、同じような休校の嵐がやってくる可能性はあるわけで、いくらなんでもそのときに、「さらに半年、合計1年遅らせよう」という議論にはさすがにならないと思うので。

いずれにせよ、今回の提案は「遅れを取り戻す」のではなく、「すべてを遅らせる」ことで、今の休校を問題視しないという態度であるような気がします。

 

入学の「遅れ」はもっと深刻…

9月入学のもっと問題になると思われるのは、入学時の年齢の遅れです。

つまり、これは、現在であれば、4月生まれで入学式後にはすでに7歳、3月生まれであれば、6歳になったばかりで入学をするという状況が、5ヶ月遅れていくということです。

もちろん、これは一時的なものであり、段階的に解消していくと考える形もあるわけですが、少なくとも段階的に解消するまでの間は、就学年齢が遅れるわけですね。

これは結構重要です。移行期間とはいえ、一番大きい子7歳5ヶ月になるわけです。今まで6歳なったばかりでやっていた内容を。もし、今の年齢区分のままやるとしたら、6歳5ヶ月から7歳5ヶ月までの子が今までの小1の内容を受けるわけですね。

これは大きな問題です。海外での就学年齢を見てみると、日本と同じか、早いかであって、果たしてこれでいいのかという問題が出てきます。なんとか、徐々に戻していく場合は、逆に言えば元に戻る前提ですので、カリキュラムを変えないでしょうから、その間は明らかに遅れます。

最近浮上した小学校0年生案は、ある意味で就学を遅らせるわけではありません。しかし、その場合、小学校1年生の教科書に入ることが前提です。もし、そうでなくて、1年生の教科書の前に、ただ学校に慣れる期間を作るだけなら、結局カリキュラムは遅れていきます。

ただでさえ、格差が問題となっている状況で、家庭教育をすすめていく意志のある家庭と公教育が分断されていくというか、私立などの選択も含めて、こうしたことが教育の分断というか、ドラスティックなまでの格差を生む方向に向かう可能性もあるでしょう。

いずれにしても、カリキュラムを、何歳の子供たちに与えるのか、という問題はもっと大事なものだと私は思います。確かに高校ぐらいになっていけば、飛び級でもなんでもいれて、解決はしていきますが、小学校についてはまだ公教育の果たす役割は大きいでしょうから、何歳にどんなカリキュラムを与えるのかということは議論すべきであると思います。

 

入試が行えないとしても、みんなで足踏みする必要はあるのか?

こう書いてきたところでも、「実際に、今、いる生徒をどうするのか?特に入試を遅らせないと不公平ではないか?」という議論が起こることは間違いないでしょう。

しかし、冷静に考えてみれば、入試を遅らせることと、全体を遅らせることはだいぶ異なってきます。

たとえば、そろそろ授業ができるようになってくるわけですが、これは季節性のもので、また冬に向けてコロナが大流行したと仮定します。もし、秋冬に入試が行えないような状況になったとして、だからといって、高1や高2は、9月から新年度になるのでしょうか。確かに入試ができない以上、入学はできないでしょうし、それは遅れることになるのでしょう。

だからといって、その間、高1や高2の教育もとめるのか?すでに入学している大学生、中学生、小学生、それもとめるのか?

確かにそうなれば、また1年生や2年生も休校でしょうから、確かに学習は「遅れ」ます。しかし、社会はその間、本当に休みにすることを望むのか。その間は、「どうせやっても意味ないから学校休みね」で許すのか?

端的にいえば、「9月入学」だから、4月から8月までは遅れた分だけやって、基本は休みだからね…なんてことができるのか。学費の問題も出るでしょうし、学童とかの問題も出るでしょう。そして、何度も書きますが、教育を止めていて、家で何もしない状況を好意的に受け止める状況になるわけがないわけです。

その学年はある意味で不幸かもしれませんが、残り時間でなんとか追いつかせる…というのが、遅れを取り戻す…という発想です。オンラインの授業が普段の授業と同じだとは思いませんが、それでも少しずつでも進めて、なんとかする。3年生が無理だから、全部一緒に遅れよう、というのが得策のようには感じないんですね。

 

9月入学のメリットと教育内容の見直しの話

さて、いろいろ書いてきましたが、要は「反対」しているように読めると思います。そりゃそうです。なんだか、9月入学さえ決まれば、今の教育の「遅れ」が解消すると論じているような気がするからです。

でも、実はグローバルスタンダードとしての9月入学をここで入れてしまう、というようなことは必ずしも反対ではありません。

ただ、覚悟は必要。

すぐには無理でも、すぐにでも取り組んで、カリキュラム改訂をすること。場合によっっては飛び級のような制度を入れること。ちゃんと9月入学が制度として適正な年齢で小学校入学から受けられる世代には、適切なカリキュラムを整えたいし、それ以前の子たちには、飛び級制度でも設けていいんじゃないかとさえ、思います。

それがいいかどうかは別にして。

だって、緊急事態なんだから。

本来は、慎重に慎重に議論して、ゆがみが出ないようにして、進める、ゆがみを最小限にしてすすめる、ということでしょう。

でも、緊急事態なら、とりあえず走って後から修正もしょうがない。ただ、このあと何を修正しなくちゃいけないか、そこにどんな問題があるかぐらいは知っていないと。考えていないと。

緊急事態だから、みんな9月にして解決ねっていうぐらいお気楽なことはありません。そうするなら、その移行やその後に起こる問題に継続的に対処しなければいけません。移行期には相対的に見て不利益が生じるでしょうから、そこに対する施策が必要になると思います。

そういう「覚悟」をもって、あたってほしいなあ、と希望します。特に低学年の子がいつ、何を、どう身につけていくのかは重要な問題だと思います。

9月入学はグローバルスタンダードという話がありますが、格差とか能力に応じてとか、この施策は当然ですが、意外と広く、深い、広がりを持っているわけで、入れてみたら思っている以上の、大きな変化がもたらされる気がします。少なくともそこは見据えておきたいですね。