あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
ということで、言霊のお話です。
このブログも年を越しまして、だいぶ形になってきました。入試が近づいたところで、今日は、言霊の話です。
「あけましておめでとう」は「言霊」?起源の説明
「あけましておめでとう」の起源は、諸説あります。
冬から春への転換
一般的なものとしては、1月というのが、冬から春へと明けている、というような、死から生への転換というようなものですね。「年が明けてめでたい」で、通じればいいんですが、一応説明。
睦月・如月・弥生が春、
卯月・皐月・水無月が夏、
文月・葉月・長月が秋、
神無月・霜月・師走が冬、です。
こんな感じです。
よくこれがずれる説明があるんですが、「今とずれている」というのが、正しい説明です。1~3月が春、っていうのも、今の季節感ではずれてません?当然4~6が夏、7~9が秋、というのも無理がある。だいたい2ヶ月ぐらいずれている。
今の感覚では春が3~5、夏が6~8、秋が9~11、冬が12~2、ぐらいじゃないですかね?
たとえば、皐月の「皐」は「水」の意味で水無月はまさに「水無し」ですね。6月は梅雨でどうして水が無いの?と思うかもしれませんが、2ヶ月ずらせば8月ですから、無いの当たり前。
葉月が8月ですが、2ヶ月ずれれば10月で、紅葉の季節。霜月が11月ですが、2ヶ月ずらせば1月で、霜はおりそうですね。
そう考えてみれば、特に疑問は無く、まさに1月の始まりは、冬という長い死の季節が終わり、春が始まろうとするわけです。生命の季節への転換が始まってくるわけです。
言霊説
ということは百も承知で、あえて言霊説を紹介しておきます。
言霊というのは、「言葉は力を持っているので、言葉にしたことは実現する」ということですね。
日本語では「こと」は「事」と「言」。両方の漢字が当てられます。中国語の文字はまさに日本語にあてられたものですから、日本語の「こと」は両方を共通させた意味だった、ということです。
余計なことですが、なので国語の試験で最後に「~ということ」と言うときに、「事」と書いてはいけません。あえて漢字で書くなら「言」ですが、通じないでしょうから、ひらがなで書いてね。
というわけで「言葉」は「事柄・事件」になるんですね。
新年あけて、「おめでたい」ことは何もないんですが、「おめでとう」と言葉を発することで、「おめでたい」事柄がやってくる、というようなものです。
言霊は信仰か?
こう書くとすごく宗教的なものに感じますが、必ずしもそうではないので、わたしはこっちを取りたいんです。
もうひとつの国語のブログで、すでに言葉について紹介しました。
私たちは、言葉で世界を分節化しています。言葉によって、世界をきりわけている、ということです。
アメリカ人にとって、オレンジはエンジまで含むようです。まさに「エンジ」という言葉、概念をもっていないからです。
ぼくらは、言葉によって、世界をみている。だから、言葉になっていないものは存在していないんです。
まず、言葉がある。そして世界がその言葉にしたがって見える。
だから、まず、言葉なんです。
なんとなく、わかってきましたか?
事柄よりも、まずは言葉。ぼくらはまず、言葉にしなければ、事柄は起こりようがないのです。
目標設定の重要性
新年最初にこんなことを書くのは、まずは目標を立ててほしいから。
目標は言葉にしなければ、形になりません。形にして、はじめて、事柄がついてくる。だからこそ、「有言実行」です。もちろん、自分の中では明確に言葉にした上で「不言実行」として、だれにも言わずに秘める、というのはありですが、目標はまずは言葉にしなければいけないんです。
だからこそ、「あけましておめでとう」は言霊だといいな、と思います。年の最初に、言葉を明確にして、感謝の気持ちを口にして、目標を明確にする。
目標を立てて、達成するための手段を考える。
それが、この新年にふさわしい。
「受験生だから『おめでとう』は受かってからね」なんてダメです。まず、「おめでとう」と言ってしまう。その「おめでとう」という事柄を引き寄せるために、自分がやるべき「事」を「言」の葉にする。
そうやって、どんどん言葉にして、新年のスタートを切りましょう。
では、今年もよろしくお願いいたします。というわけで、
「あけましておめでとうございます」!!